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尾張名古屋は城で持つ! 名古屋城へ行ってきました!

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名古屋城

徳川家康の命により慶長17年(1612)に築城された、熊本城、姫路城と並ぶ日本3名城の一つです。徳川御三家の筆頭格・尾張徳川家の居城として利用されました。築城の際に街の形成も行われたため、名古屋は城とともに生まれた街ともいえます。その功績は「尾張名古屋は城で持つ」と俗謡に謳われるほどです。

名古屋城へのアクセス

なごや観光ルートバス・メーグル「名古屋城」下車、徒歩1分。
地下鉄名城線「市役所駅」⑦出口より徒歩5分。

西之丸

正門

メーグルを降りてすぐ、この正門から西之丸エリアへ。

金のシャチ

天守閣の頂上に鎮座する金のシャチ。金シャチにはオスとメスがあり、北側がオス、南側がメス。鯱は空想上の生き物で、水を呼ぶと言われることから火除けのまじないとされてきました。

必勝 カヤの木

推定樹齢600年の国の天然記念物。この木から成る「カヤの実」を、初代尾張藩徳川義直と父徳川家康が「大坂夏の陣」に出陣した際に食し、大坂夏の陣に勝利しました。

御深井丸

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西北隅櫓

「石落し」を備えている櫓。
春・秋に内部の特別公開もあります。

御深井丸展示館

「郷土の人形・玩具展」や本丸御殿復元の経過を写した「匠の写真館」があります。

天主礎石

1945年(昭和20年)に焼失した旧天守の礎石。現在ある天守を再建する際に御深井丸の東側に移築し、元通りに整列させ保存展示されています。

二之丸

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東門

地下鉄名城線「市役所駅」を利用する場合はこちらから。

清正公石曳きの像

名古屋城築城にて、天守の石垣普請は加藤清正に割り当てられました。巨石を運ぶにあたり、清正自ら石の上に乗り音頭をとったと伝えられています。

名勝二之丸庭園

400年以上の歴史を持つ庭園。

南蛮練塀

名古屋城の防備施設の遺構。鉄砲狭間と呼ばれる穴から鉄砲を撃ち敵を撃退します。実戦はなかったのですが、当時のまま残されています。

本丸

東南隅櫓

西南隅櫓

表二之門

ここから本丸御殿、天守閣へ。

本丸御殿

あまりに素晴らしかったため別記事にて紹介します。 

清正石

この時代にこの巨石の運搬はすごいです。築城の際、清正が巨石の上に乗って音頭を取りにぎやかに運んだという逸話から名付けられた石です。ただ実際は黒田長政の丁場だったとか。

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石垣の刻印

城内の石垣には多種多様の記号を刻んだ石があります。これは石垣の建築を命じられた諸大名が、他大名と区別するために刻んだ「目じるし」です。

天守

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天守と小天守

天守は層塔型で5層5階、地下1階の高層建築。小天守は小天守は2層2階、地下1階で、大天守の関門の役割をします。

金のシャチが2匹見えます。
いよいよ天守閣へ。

天守閣からの見晴らしが最高に良いです。
名古屋の高層ビル群が見えます。

天守閣台座

弓なりの曲線を描く美しい石垣は加藤清正によるものです。「扇勾配」という積石法を用いて築かれています。2万人を引き連れ、わずか3ヶ月で工事を完了させたとか。

感想

名古屋の象徴であり、日本3大名城に数えられる名古屋城です。言うに及ばず見どころにあふれ、何回来ても新たな発見と驚きがあるという東海屈指の観光スポット。


江戸時代から残る建築物があり、それは当時のロマンを感じさせます。石垣を見てもわかるように当時の武将の思いが込められていて、当時にこのような城を建築したことに驚きを禁じ得ません。


また近年行われている各所の復元作業も当時と現代を融合したような素晴らしい魅力にあふれています。ついに完成した本丸御殿の復元に続いて、次は名古屋城天守閣の木造復元が待っています。


名古屋城は1度来て終わりというのではなく、何回も何回も来て楽しむ場所です。今まで私はそうしてきたし、これからもそうしたいです。



関連記事です。

ついに復元が完成、その全貌が明らかに。 

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今年の3月にオープンしました。 

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