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現代に蘇った近世城郭御殿の最高傑作‼名古屋城 本丸御殿!

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名古屋城 本丸御殿

名古屋城本丸御殿は、初代尾張藩主の住居・政庁として使用するため、慶長20年(1615)に徳川家康によって建てられました。昭和5年には天守と共に国宝に指定され、名建築として知られていましたが、昭和20年の空襲により焼失しました。


平成21年(2009)より復元工事を開始し、全3期に及ぶ工事工程のうち第1期と第2期はすでに公開されていますが、平成30年6月8日についに全体が公開されることになりました。

名古屋城 本丸御殿へのアクセス

なごや観光ルートバス・メーグル「名古屋城」下車、徒歩5分。
地下鉄名城線「市役所駅」⑦出口より徒歩10分、名古屋城本丸内。

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名古屋城

復元スケジュール

第1期 2009~13年 玄関・表書院公開中

第2期 2011~16年 対面所・下御膳所公開中

第3期 2014~18年 上洛殿湯殿書院公開

本丸御殿 入口

ここより中へ入ります。

注意点として

・カメラ撮影は可能、ただしフラッシュ撮影禁止
・携帯電話の使用禁止
・飲食禁止・禁煙
・土足禁止
・建物への接触禁止
・冷暖房なし

となっています。

玄関

大廊下

玄関と奥を結ぶ重要な通路。

玄関

正規の来客がまず通される建物。

車寄

将軍など正規の来客だけが上がる本丸御殿への正式な入口。

一之間

「竹林豹虎図」。障壁画は建築当時に描かれた手法を使って色彩豊かに再現。

表書院

三之間

表書院は藩主が客人に謁見する場として使われていた場所。

二之間

一之間

障壁画は狩野派の絵師によるもの。

上段之間

他の部屋より一段高く作られ、格式の高さがうかがわれる。

対面所

次之間

藩主と身内などの内々の対面・宴席の場として使われていた。

上段之間

次之間よりさらに身分が高い客との対面・宴席の場とし使われていたと考えられている。

鷺之廊下

対面所と上洛殿を結ぶための廊下。

下御膳所

主に藩主の料理の配膳や温め直しのために使われた部屋。

長囲炉裏

煙出し

上洛殿

上段之間

上洛殿は、3代将軍・徳川家光寛永11年(1634)に上洛する際に増築されたとされている。壁や天井に絵が描かれ、彫刻欄間も用いられるなど、本丸御殿で最も豪華に飾られた建物。

一之間

造りを1つ1つ説明したいのですが、とてもしきれません。

二之間

三之間

上御膳所

主に将軍の料理の配膳や温め直しのために使われた部屋。

長囲炉裏

煙出し

湯殿書院

湯殿書院と黒木書院は別の入り口から入ります。

釜屋

湯殿書院は将軍専用の風呂場。風呂は蒸風呂で湯船はなくサウナのようなもの。

上り場

将軍の休息に使われた。

黒木書院

黒木書院は本丸御殿で最も小さな建物。清須城にあった家康の宿舎を移築したとの伝承があります。

黒木書院は部材が松で出来ています。他の本丸御殿の建物の部材はすべて檜。

ミュージアムショップ

本丸御殿に展示されている絵画や障壁画をモチーフとしたオリジナルアイテムがたくさんあります。本丸御殿を回ってここに入ると、ついつい買い過ぎてしまうかもしれません。

感想

この6月についに本丸御殿の復元が完成、その全貌が公開されることとなりました。私もすぐに駆け付け全体を見てきたのですが、まさに素晴らしいの一言です。


戦前の古写真や実測図、障壁画が数多く残っていたため、史実に忠実な復元が可能となり、同じ材料や工法で精密に復元したそうですが、その完成度の高さは見るものを完全に圧倒します。


私は全体が完成する前から何回もこの本丸御殿を訪れていたのですが、この復元作業は伝統や文化を次の時代へと繋げる名古屋城でしか出来ない実証的プロジェクトとしての価値が多分にあります。


足掛け9年にわたって行われてきた本丸御殿の復元作業もついに完成。次は名古屋城天守閣の木造復元です。まだまだ名古屋城から目が離せません。 



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今年の3月にオープンしました。 

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